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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)500号 判決

控訴人 原告 国際バイヤー指定ホテル株式会社大丸別荘 代表取締役 山田大助 代理人 三原道也

筑紫産業株式会社 代表取締役 武石政右衛門 代理人 菅野虎雄

被控訴人 被告 福岡県知事 土屋香鹿

指定代理人 黒木香 外三名

補助参加人 武石源太郎 代理人 鶴田英夫 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、原判決を取消す、被控訴人福岡県知事が昭和二十七年七月一日付を以て補助参加人武石源太郎に対してなした福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵字湯町四百三十四番地宅地四十八坪内における温泉掘さくの許可を取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述、証拠の提出援用、書証の認否は、事実関係につき、控訴代理人において、被控訴人知事が補助参加人武石源太郎に対し温泉井掘さくを許可した福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵四百三十四番地宅地四十八坪は、訴外松原寅之助の所有であつて、補助参加人の所有ではない。然るに温泉掘さくの許可は、土地所有者に対してのみ与えらるべきものであるから、土地所有権を有しない補助参加人に与えられた右許可は違法である。仮りに然らずして、土地につき使用権を有するに過ぎない者に対しても、許可をなし得るとしても、補助参加人と松原寅之助との間には今なお土地の使用料さえ定められていない状態であつて、補助参加人が右宅地につき如何なる使用権を有するかその内容は甚だ曖昧であるから、その使用権の存否内容を確めないでなされた右許可は違法であると陳述し、補助参加代理人において、補助参加人が温泉掘さくの許可を与えられた二日市町大字武蔵四百三十四番地宅地四十八坪が、訴外松原寅之助の所有に属することは認めるが、右訴外人と補助参加人との間に於ては、右宅地について将来売買又は賃貸借契約を締結することを予約しており、現在は使用貸借関係にある。本件の許可は温泉法第三条第二項により右土地につき使用権を有する補助参加人に対して与えられたものであるから適法であると陳述し、証拠関係につき控訴人等代理人両名において甲第十一号証の一乃至七、甲第十二乃至第十六号証を提出し、当審証人山田彦太郎、井筒巖、吉原和己、三沢最太(第一、二回)、佐藤ツ子、鹿児島春江、松下久道、松浦新之助(第一回)の各証言及び当審における検証の結果、並びに当審における各控訴会社代表者(山田大助、武石政右エ門)に対する各本人尋問の結果を援用し、乙第三号証の一は不知、爾余の乙各号証の成立は認めると述べ、被控訴人指定代表者において乙第三号証の一乃至十二、乙第四号証の一乃至七を提出し、当審証人石井十寸穂、松浦新之助(第二回)の各証言を援用し、甲第十一号証の一乃至七、甲第十二、第十三号証は不知、甲第十四、第十五号証の原本の存在並に成立及び甲第十六号証の成立を認め、(なお、被控訴人が昭和三十年三月三十一日右甲第十四号証の原本に該当する温泉利用変更願を受理したこと。同号証には変更理由第二行目に「昭和二十九年中旬頃」とあるけれども被控訴人が受理した右変更願には「昭和二十九年十一月中旬頃」と記載してあることは当事者間に争がない。)補助参加代理人において、当審証人武石トモヱの証言を援用した外は、原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

本件に対する当裁判所の判断は、次の点を補足する外、原判決の理由に掲げられたところと同一であるから、ここにこれを引用する。

よつて、先ず、補助参加人に対し本件温泉掘さくの許可がなされるに至つた経緯を見るに、成立に争のない甲第三号証の五、同上甲第四号証の四、同上甲第六乃至第八号証、原審及び当審証人山田彦太郎、同上石井十寸穂、原審証人松浦新之助、同上松村久吉、同上川上六馬の各証言を綜合すると、昭和二十五年頃より福岡県筑紫郡二日市町においては無許可で新温泉井の掘さくをしている者が数名あつたところ、同町の温泉旅館業者十八名(これは控訴人大丸別荘の代表者となつている山田大助、控訴人筑紫産業の代表者で二日市温泉組合長となつている武石政右エ門、本件補助参加人武石源太郎外十五名の温泉組合員で、大部分は既設温泉井の所有者)は、是等無許可の掘さくに刺戟され、自らも新温泉井掘さくの許可申請をなすと共に、その中武石源太郎以外の十七名は、無許可で掘さくに着手したので、県当局はこれに対し中止の戒告をしたが聞き入れないで工事を進行する為、県当局としては、新温泉井掘さくの利害得失の帰するところは主として是等既設温泉の所有者たる温泉旅館業者であるから、是等の者をして自主的に解決せしめるを適当なりとして、是等の者が組織している二日市温泉組合と交渉した結果、組合は昭和二十六年十二月中、協議会を開いて協議の上、県当局に対し前記二十数名(温泉旅館業者十八名と無許可で新温泉井の掘さくをしていた数名の者)に対しては、以下の条件の下に新温泉井掘さくの許可然るべきこと。すなわち、その条件は従来より温泉井を有する者は、新温泉井を掘さくする代りに、従来のものを埋めること。従来より温泉井を有しない者は、既設の温泉井及び既設の温泉井の所有者が今回新に掘さくする温泉井に影響しないように掘さくをなすべく、若しこれに影響ある場合は中止すること、既設の温泉井所有者相互間においては新温泉の掘さくにより互に影響を及ぼすことがあつても異議をいわないこと。今後新掘さくの許可申請があつても許可しないこと。という意見を答申したこと。よつて県当局もこれを諒として今後は特別の事情あるものの外は原則として許可しない方針を定めたが、当時右二十余名は申請に対する許可を待たずして既に掘さくを終つてこれを使用していたので、各箇につき調査の上、既設温泉に格別の影響なきことを認め、掘さくの許可をしたこと。而して控訴人等が補助参加人の新温泉井掘さくにより著しい影響を受けたと主張する各温泉井(白鳥の湯、博多湯等)も、このとき許可せられたものであり、前述のとおり、補助参加人も控訴人等と同時に、掘さくの許可申請をなし、一旦は許可前に掘さくを初めたが、これを中止し、許可があつて後再び掘さくを初めたのであるが、補助参加人がこのとき掘さくを許可せられたのは同人の旧温泉井のある二日市町大字武蔵四百八十三番地の土地であつたところ、旧温泉井の位置状況から見て同所に掘さくしても、よい結果が得られないことと、同所は家屋が建ち込んでいて、掘さくが困難であつた等の事情から、補助参加人は許可を受けた場所とは異つた同所大字武蔵四百三十四番地に、本件で問題となつている温泉井の掘さくを開始した為、県当局より注意を受け、右場所につき、新に昭和二十七年五月三十一日付で掘さくの許可申請をしたこと。よつて県当局は、県の諮問機関である温泉審議会(学識経験者、温泉旅館業者、県衛生部関係の公吏各五名を以て構成)に諮問した結果、同審議会においては、補助参加人は、久しい以前からの温泉井所有者で温泉旅館営業をなしているが、その所有の温泉井は唯一つであり、且その温度湧出量とも低下して営業に支障を来している為、これを埋立てて代りの泉源を掘さくしようとするものであること。同人は控訴人等を含む前記十八名の一人として控訴人等と同時に掘さくの許可申請をなしたのであるが、若しこの時、現在の場所に掘さくの許可申請をしていたならば、その場所が認められて、控訴人等と同時に許可さるべき事情にあつたこと。(その場合には控訴人等の温泉掘さくの許可と先後関係がないから、控訴人等の温泉に対する影響は問題とされない筈であつた。)また補助参加人が新に掘さくしようとする場所は、距離的には本件控訴人等が右許可に基き掘さくした新温泉井に近いが、右控訴人等の各温泉井の方がそれよりも互に遥に近接して存在するけれども相互に悪影響を受けていないから、補助参加人の掘さくにより各控訴人の温泉にさして悪影響があるとは考えられなかつたこと。(なお、前記十八名が許可になつた際には、右十八名の間では互に影響があつても不服をいわないとの了解ができていたことは前述のとおりである。)等の事情が考慮された結果、-勿論以上の諸事情のうち最後の点については少数の反対意見はあつたが-結局十対三で可決され、許可然るべし、との答申がなされた為、県当局においても右事情を考慮して旧温泉井を埋めることを条件として、昭和二十七年七月一日付で、補助参加人に対し本件係争の温泉井掘さくの許可をしたこと。なお、補助参加人の旧温泉井は許可の条件どおり直ちに埋め立てられたことを認め得る。

(甲第四号証の四の記載、原審及び当審証人山田彦太郎の証言、原審及び当審における控訴会社筑紫産業代表者武石政右エ門本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。)

従つて、補助参加人に対する本件温泉井掘さくの許可がなされるまでの経過事実においては右許可を違法ならしめるような事情は見られない。

よつて進んで温泉掘さくの許可について定められた温泉法第四条の趣旨を考えるに、従来の温泉の所有者が、多年の慣習によつて、その地方の温泉(地下の原泉、温泉井の底部附近において、湯の湧出又は貯溜している筒所を便宜上泉源と呼び、多数の泉源が互に水路により連絡している全体を原泉と呼ぶ。以下同じ。)について、独占権を保有する慣習法が成立している地方においては、温泉に関する権利は、土地所有権より分離せられて、温泉利用権ともいうべき一種特別の慣習法上の物権をなすものであるけれども、本件温泉の存する二日市町地方においては、かような地方的慣習法の成立していることを認めるに足るべき証拠は全くないから、同地方における温泉の掘さく及び利用に関する権利は土地所有権の内容をなすもの、すなわち、温泉を地下水の一種として土地所有権者(又は土地所有者との契約によりその土地の使用権を有する者以下同じ)が、土地所有権に基き、その土地を掘さくしてそれより湧出する温泉を自由に利用処分し得る権利であるということができる。(民法第二百七条、第二百六条)従つて、既設温泉の権利者も、土地所有権の効力として、自己の所有地内において温泉井を掘さくし、これによつて原泉を汲み上げ又は湧出せしめて、これを利用する権利を有するのみであつて、他人の所有地の地下にも及んでいる原泉そのものについて全般的に、排他的、独占的な支配権を有するものではないから、その原泉の分布している土地の各所有者は、本来その土地所有権の内容として、当然同一の権利を有し、平等に原泉を汲み上げ利用する権利を有し得べきものであるけれども、温泉法は公益上の見地からこれを制限し、濫掘による泉源の枯渇を防止し、各自の自由な権利行使による衝突摩擦を調節し、以て公益に反する事態を生じないようにする為、一応一般的に掘さくを禁止し、その禁止の解除を都道府県知事の許可にかからしめることとし、都道府県知事は土地所有権者(又は使用権者)の申請があれば、温泉法第四条所定の許可の要件に該当するや否やを審査し、これに該当すると認めた場合には、或は無条件に、或は一定の制限を附してその掘さくの許可をなすべきものと定めているのである。

つまり、温泉法の定める知事の許可は、決して地下の原泉を以て土地とは別個の一種の公物と認め、その掘さくの許可を以て、新に原泉使用の特別の権利を創設しようとするものではなく、温泉井を掘さくし、原泉を利用する権利は、許可前にあつても、各土地の所有者が本来いわば潜在的に(許可を条件として)これを有するものであつて、許可によつて掘さくの禁止が解除された結果、土地所有権の本来の効力が回復されるに過ぎない。

かように、温泉掘さくにつき許可制度を採つたのは、公益上の必要に基き、土地所有権の本来の効力に制限を加えたものに過ぎず、従つて公益上かかる制限を課する必要のない場合には、その制限は解除さるべきものであるから、新に温泉井を掘さくすることによつて、それが既設温泉の温度、湧出量若くは成分等に何等かの影響を及ぼす場合であつても、その影響が軽微であつて、これが為に泉源の枯渇を招来し、或は既設温泉の所有者に著しい損害を与え、又はその温泉による営業に支障を来さしめる等、公益上より見るも好ましからざる結果を生ずる虞のない限り、知事はその許可を与えなければならないものである。温泉法第四条はこのように解するを相当とすべく、若しこれに反し同条の規定を以て、苟くも既設温泉の温度、湧出量、若くは成分等に何等かの影響を及ぼすにおいてはそれが軽微な場合においても、悉く許可を与うべきではない趣旨であると解するならば、それは単に「早く許可を得た」という一事によつて既設温泉所有者の権利を不当に保護し過ぎ、その反面公益上の理由に基くにあらずして他の土地所有者の権利を不当に制限することとなり、前説示の温泉の掘さく利用に関する権利の性質及び許可制度をとつた立法の趣旨に背反する結果となるから到底正当の解釈とはいい難い。

よつて、本件についてこれを見るに、控訴人等は、被控訴人の補助参加人に対する温泉掘さくの許可は、許可した場所が控訴人等の温泉井に極めて近く、その為控訴人等の温泉の温度、成分、湧出量に甚大な影響を及ぼし、控訴人等の温泉利用権を著しく侵害するものであるから、違法の許可であると主張するので、先ず補助参加人の温泉掘さくにより、控訴人等の温泉の温度、湧出量、成分に如何なる影響があつたかについて審究するに、成立に争のない甲第八号証、原審証人尾崎松夫(第一回)の証言によれば、補助参加人が控訴人等主張の箇所に新に温泉井を掘さくし、実際にその使用を開始したのは、昭和二十八年八月中旬以降であることを認め得るところ、成立に争のない乙第三号証の二乃至十二、同上乙第四号証の一乃至七、原審証人尾崎松夫(第一、二回)の証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙第二号証の一、二、三、当審証人松浦新之助の証言(第二回)及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第三号証の一、原審及び当審証人石井十寸穂、同上松浦新之助(当審第一回)、同上松下久道の各証言を綜合すれば、昭和二十七年二月九州大学理学部教室において測定した際の、控訴人筑紫産業の温泉(博多湯)の温度は、四四、五度、控訴人大丸別荘の二つの湯口中一の温度は四三度、他は四四度であり、更に同教室が、福岡県衛生部薬務課の依嘱により昭和二十八年三月二十四日以降三日間に亘り測定した結果は、控訴人筑紫産業の博多湯の温度は四三、二度、控訴人大丸別荘の二つの湯口の温度は、いずれも四四、三度であつて、その後昭和二十八年八月十九日以降昭和三十一年六月一日までの間に、福岡県二日市町筑紫保健所、同県衛生部薬務課等が十回以上に亘つて適当な日時を距てて測定した結果によるも、控訴人筑紫産業の博多湯の温度は四三度乃至四四、五度の間を上下し、これより低下したことがなく、また控訴人大丸別荘は、昭和二十九年十二月より三個の温泉井(A、B、Cと仮称)より各浴槽に引いた鉄管を途中結合して各湯口より湧出する湯を合流せしめて使用しているが、合流せられた湯の温度は四十四度より低下したことなくこれを各湯口別に見るもAは四四、三度乃至四五、二度、Bは四五、二度乃至四七、五度、Cは四五、一度乃至四五、八度の間を上下してこれより低下したことがない事実、及び時に若干の温度の低下があつたと仮定しても、それが補助参加人の温泉掘さく及び使用の結果であると断定することは困難であることを認め得る。当審証人三沢最太(当審第一、二回)、原審証人高田梅雄、美濃部正、原審及び当審証人山田彦太郎の各証言、原審及び当審における各控訴会社代表者本人に対する各尋問の結果並びに甲第九号証、甲第十二乃至第十五号証の記載中には、以上の認定に反する部分があるけれども、これは右認定の資料とした前記各証拠に照らし、到底措信できないし、また成立に争のない甲第三号証の三(松山基範の鑑定書)は補助参知人が未だ係争の温泉井を全く汲み出し使用していない前になされた鑑定であつて、補助参知人の本件温泉井の汲み出しに伴つて控訴人等の各温泉の温度、湧出量、成分に如何なる影響があつたかを、実際に測定した結果に基いているのではない。(実際に測定された結果は、前認定のとおりであつて温度の低下は見られない。)また右鑑定書は単に(イ)同一泉源に於て(ロ)その湧出量がそれより湯を汲み出している各温泉の総使用量に足りないときは、新なる温泉井の掘さくは、互に他の温泉の温度、湧出量、成分に影響を及ぼす筈である、という大雑把な一般原則論を持ち来つて、殆んどそのまま本件三温泉の関係に適用したに過ぎないものであつて原審及び当審証人松下久道、同上松浦新之助(当審は第一、二回)の各証言と対比して考えると、右鑑定書は右の原則論を補助参加人の新温泉掘さくが控訴人等の温泉に如何なる影響を及ぼすか、殊にその影響が著しいか否かの具体的な問題に適用するについて、必ず考慮しなければならぬ諸条件を、或は無視し、或は仮定して結論している不備があり、また同鑑定書にかかげられた城の崎温泉の例を以て直ちに本件の場合に適用することができないことは、右引用の諸証言によつても明らかであるから、同鑑定書(甲第三号証の三)は到底採用し難い。その他控訴人の提出援用するすべての証拠によつても、補助参加人の温泉掘さく以後、その影響によつて、控訴人等の温泉の温度が低下した事実を確認することはできない。単に温泉井の距離の近接、掘さくの前後関係、及び控訴人等の提出援用する諸証拠によつて認められる二日市町における他の温泉及び小浜温泉の実例等によつて、直ちに補助参加人の温泉掘さくが控訴人等の温泉井に著しい影響を及ぼしていると断定できないことも右引用の諸証言に照らせば明らかである。

(仮りに若干温度の低下があつたと仮定しても、当審証人山田彦太郎の証言によれば、一般に泉温は四十二度以上あれば、加熱せずとも温泉旅館として営業に格別支障のないことを認め得るところ、控訴人等の前記温泉の温度は前認定のとおり四十三度を超えている上に、右証人の証言によれば該温泉は同所のそれより北の方にある他の大多数の温泉に比較すれば、寧ろ泉温は高いことを認め得る。)

次ぎに控訴人等の各温泉の湧出量について考えるに、原審証人高田梅雄、当審証人三沢最太(第一、二回)の各証言、原審及び当審における控訴会社大丸別荘代表者山田大助、控訴会社筑紫産業代表者武石政右エ門に対する各本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人等はそれぞれ、控訴人大丸別荘の白鳥の湯の泉源、及び控訴人筑紫産業の博多湯の泉源から湯を汲み上げていた各ポンプ座の位置を、前者は昭和二十八年十一月頃、後者は昭和二十九年二月頃、従前よりも下げることによつて所要量を汲み上げ得るに至つた事実を認め得るから、泉源の水位が低下した事実は、これを推認することができ、延いては湧出量にも若干の減少があつたことを推認し得る。(但し水位や湧出量の低下は直ちに右控訴人等の損害を意味するものではない。水位や湧出量が低下しても、所要量を汲み上げることができ、その為泉温の低下もない場合には温泉利用による営業には、何等の支障がないからである。)控訴人等は、この水位、湧出量の低下が補助参加人の温泉掘さく及びその汲み上げによつて生じたと主張するけれども、これに符合するが如き甲第三号証の三記載の鑑定の結果が採用し得ないことは前述のとおりであり、控訴人の提出援用する爾余のすべての証拠によつても右水位、湧出量の低下が主として補助参加人の温泉掘さくによつて生じたと断定することは困難である。

また当審証人石井十寸穂の証言、及び当審における検証の結果、並びに当審における控訴人大丸別荘代表者山田大助本人尋問の結果を綜合すれば、水位の低下はこれを汲み上げる湯の量の増大によつても生じ得ること。然るに大丸別荘は二日市町最大の温泉旅館であり、また控訴人筑紫産業の博多湯は、公衆浴場であつて、双方共入浴客が特に多い関係上、湯の汲上使用量も著しく多いので、控訴人等自身の汲み上げ使用量の増大による当該泉源の水位の低下ということも、考慮に入れねばならないこと。且原審及び当審証人松下久道、同上松浦新之助(当審第一、二回)当審証人石井十寸穂の各証言を綜合すれば、既設温泉井に近いところに、新に一個の温泉井を掘さくしても、その地質地下の水脈の状況、各泉源間をつなぐ水路の抵抗の強さ、その他の関係上必ずしも直ちに近接温泉井の温度、湧出量、成分に影響するとは降らないこと。二日市町の各温泉井の泉源はその間をつなぐ水路によつて互に連絡し、結局は同一の原泉をなし、この原泉は幾多の水脈に分れて同町字武蔵一帯に広範囲に分布し、同地方のすべての温泉は、この水脈のどこかにその泉源を有しているものと想定されるところ、右温泉地帯は、南へ行く程湧出量も豊富に温度も高く、南部にその位置を占めている補助参加人及び控訴人等の前記各温泉井附近は右原泉中でも最も湧出量の豊富な所であつて、補助参加人の新温泉井が掘さく使用されている現在においても是等の温泉井において汲み上げられた余水が他の温泉井の泉源に加えられていると見られる程であるから(従つて右控訴人等及び補助加人が汲み上げている湯の総量以上の湧出量があるものと見られるから)補助参加人の温泉井の汲み上げ使用が直接控訴人等の前記各温泉の泉源における湧出量を不足せしめ、その為その泉源の水位を低下せしめていると断定することは困難であること。寧ろ二日市町の各温泉は、モータポンプによつて湯を汲み上げている関係上、控訴人等の各温泉をも含め、各温泉井が浴場の増設、拡張その他の理由によつて、モーターにより汲上げる総量が年年増大して行く為に、是等殆んどすべての温泉井の共同原因によつて全般的に原泉水位の低下、延いては湧出量の低下を来しているものと見るを相当とすることを認め得る。勿論、各泉源が水路によつて、どこかで互に連絡していると見られる以上、たとえ水路の抵抗に強弱はあつても、補助参加人の新温泉井の掘さくが「物理的には」共同原因の一として控訴人等の温泉井の水位、湧出量に軽微ながら影響を及ぼしていることは、これを否むことはできないが、特に補助参加人の新温泉掘さくが、控訴人等の温泉井の湧出量、温度低下の主たる原因となつていると断定すべき確証がない。而も当審証人三沢最太(第一、二回)、原審証人高田梅雄の証言及び当審における検証の結果を綜合すれば、控訴人等の右温泉は、ポンプ座を下げ、モーターを若干強力にしただけで所要量を充分に満し得て営業に何等支障がない事実を認め得る。

而して補助参加人の温泉掘さくにより控訴人等の温泉の「成分」に変動を生じた事実に至つてはこれを認めるに足る証拠は全くない。

以上のとおり、補助参加人の温泉堀さくが控訴人等の温泉の温度湧出量低下の主たる原因となつていると断定すべき確証なく(控訴人等の温泉以外の温泉に対する関係についても、上述するところと同一である。)仮りに何等かの影響を及ぼしているとしても極めて軽微なものに過ぎず、前認定の如き若干の手当をしただけで温泉利用の営業に支障を来たさない程度のものであるから、被控訴人知事が補助参加人の温泉掘さく申請に対し与えた許可は当時においても適法であつて、その後に生じた事情を考慮するもこれを取消すべき事由は存在しない。けだし、さきにも一言したとおり既設温泉の所有者と雖も地下の原泉について独占的な専用権を有するものではなく、許可によつて掘さくの禁止が解除された結果、土地所有権の効力としてその原泉を利用する権利を有するのみであるから、掘さくの許可を得た者はすべて平等に原泉を利用する権利を有し、その相互の関係は民法における相隣関係の諸規定の精神、権利行使に関する信義則、権利濫用の法理等によつて調節せらるべく、未だ許可を受けない土地所有権者も、かような権利をいわば潜在的に(許可を条件として)有する点を考慮すれば、仮りに補助参加人の温泉掘さくにより控訴人等の温泉の、温度、湧出量、若くは成分に何等かの影響があつたとしても、右認定のとおりその影響が軽微であつて若干の手当をすればその温泉利用による営業に支障を来さない場合においては、その掘さくを禁止(許可申請を却下)すべき理由なく、これを禁止することは単に早く許可を得たという一事によつて既設温泉の所有者の僅少の利益の為に他の土地所有権者の権利を不当に制限する結果となるので、かような場合は、温泉法第四条所定の温泉掘さくの許可申請に対し許可をなすべき場合に該当すると解するを相当とするからである。

控訴人等は、補助参加人は温泉掘さくを許可された二日市町四百三十四番地宅地四十八坪の所有権を有しないから、土地所有権者でない者になされた本件掘さくの許可は違法であると主張するけれども、温泉法第三条第二項は「前項の許可を受けようとする者は、掘さくに必要な土地を掘さくの為に使用する権利を有するものでなければならない」と規定し、その土地の所有権者でなくても、その土地に使用権を有する者であれば、これに対し温泉掘さくの許可をなし得ることを認めているところ、当審証人武石トモヱの証言によれば、補助参加人は本件温泉井の存する四百三十四番地宅地四十八坪を温泉の掘さく及び利用の為に使用する権利を、その土地所有者松原寅之助との契約により取得していることを認め得るから、補助参加人に対してなされた本件温泉掘さくの許可は、補助参加人が当該土地の所有権を有しない為に違法となることはない。

以上のとおり右の許可は適法であつて、これを取消すべき理由はないから、その取消を求める控訴人等の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 中村平四郎 裁判官 天野清治)

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